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利酒に御代りはなし蔵めぐり みのる


二月の吟行句会に備えて灘五郷の酒蔵を下見した。

阪神の魚崎駅を降りてお目当ての菊正宗酒造記念館まで「清流の道」と名づけられた住吉川沿いの堤を歩く。とても温かい日だったので、水量は少なかったけれど亀甲模様に敷かれた川底の石畳を走る小気味良い水音は、さながら春の歌を奏でているようだつた。

開館時間まで少し間があったので酒造記念館の前で待っていると、大型バスから降りてきた韓国人と思われる団体が賑やかに到着、なんだか圧倒されてしまって思わずあとづさりしてしまった。

館内の受付のお嬢さんの話では、最近は日本人の見学者はほとんどなく、韓国からの観光客がほとんどだという。

白鶴酒造資料館では、売店の売り子嬢がみな韓国人のようで、お土産を買おうとレジに行ったけれど、日本語で通じるのかしら…と躊躇してしまう。

一人だけおられた日本人のお姉さんが、雰囲気を察知してぼくのところへ近づいてきて笑顔で対応してくれた。来月俳句で二十人ほど来るから…というと、

いつもこんな感じなので出来たら予約しておいてくださるほうがいいですよ

とのこと、何となく納得しがたい複雑な気分だったけれど、おみやげの奈良漬(きざみが美味しい)を買って門を出た。お酒のつまに人気があると言われたけれど、下戸のぼくは苦笑いするしかない。

でも、家へ帰って炊きたての白いご飯と一緒に食べた奈良漬(きざみ)の美味しさに大満足。

ようやく心落ち着いた。



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浜焚火命ひろひし話など みのる


神戸に住み古りて三十年を超えた。

職場の先輩に自称釣名人がおられ、せっかく海の近くに引っ越したのだからと誘われて須磨や垂水の波止釣りにもよくでかけた。

当時はまだ、浜辺で魚網や若布を干しておられる海人の姿も見られて、お喋りにも付き合ってもらえ句を拾うことができた。近代化が進むのはよいことかもしれないけれど、そうしたよき風情をことごとく犠牲にしてきている。

ヨーロッパの建物や文化のように、古きよきものを大切に守りつつ…という精神は残念ながら日本には乏しいと思う。俳句もまた然り、死語と化していく季語があとをたたないのは悲しいことだと思う。

過日、浜どんどを見たくて朝暗いうちに家を出て行き慣れた漁港まで足を伸ばしたけれど、 それも近隣配慮とやらでとうに廃止になったと言う。出漁前の浜焚火の輪に入って漁師さんたちから話を聞いた。近年は、大型のトロール船が根こそぎ収穫してしまうので、個人で小規模に生活している漁師は不漁続きで生活はとても苦しい…と。

命を張って生活している人たちが報われないのは大いなる矛盾である。真剣な顔で大人たちの話を聞いていた童顔の少年は、勉強が苦手なので将来は漁師になりたいと言った。

漁師を目指すのはとても立派な志しだと思うけど勉強も大事だから頑張ってね…と励ますと、にっこり笑って頷いてくれた。焚火のほてりで真っ赤になったその笑顔がダイアモンドのように輝いて見えた。

浜焚火漁師志願といふ子らも  みのる


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玻璃内は冬日天国海展け みのる


小路紫峡師に特訓を受けていた初学時代、週末になると須磨浦公園に出かけては句を詠んだ。

あちこち吟行地をかえて移動するのは時間がもったいない気がしたので車で15分ほどで行けるここを道場だと決めて通い続けた。今から三十数年前のことである。

冬の時期はじっと立っていると体が冷えて心も鈍くなり頭も回転しなくなる。そんなときは須磨観光ハウスにエスケープして温かいコーヒーをいただきながら推敲する。レストランの大きな玻璃窓からは須磨の海が覧けていて、たいていは穏やかな表情で縮緬波をたたんでいる。

ある日、偶然に紫峡先生の姿をお見かけした。身じろぐこともなくレストランの庭で蠟梅をじっと眺めておられるご様子で近寄りがたい感じだった。近くに智壽子夫人もいらっしゃる気配だったので、邪魔してはいけないと思って声をかけずに帰ってきた。

いまもときどき公園を訪ねて海を眺めながら、在りし日の紫峡先生を偲びつつ懐かしい思いでに浸っている。