勿忘草

聖書に放蕩息子の喩え話がある(新約聖書ルカの福音書15章)。

紫峡先生から溢れるほどの愛を注いで育てていただいたのに、自分のわがままで結社を離脱した私はまさに放蕩息子そのものである。

戻ってくるようにと何度もお勧めいただきながら逡巡としているうちに、昨年四月に先生は天国に凱旋された。反逆者の私は、葬儀にも結社の偲ぶ会にも出席は叶わなかったが、叱咤激励し無償の愛をもって訓練してくださった日々を決して忘れることはない。その御恩に報いるために何をすべきかを自問しつつ天国の先生と心を通わせている。

紫峡師が私に教えてくださったのは、HowToではなく『人格の陶冶と俳句のこころ』である。私もまたそうありたいと節に祈り願っている。